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追悼・ハンスピーチ先生
2001年1月。僕は囲碁を打ち始めた。「権威主義」みたいなところもある僕は、囲碁の総本山である日本棋院が教室を開催していると知り、早速「ハッピーマンデー囲碁教室」に入会を申し込んだ。そこでの先生がハンス・ピーチ先生。
最初。「ハッピーマンデーなんていう、低位者対象の講座では、お金も安いだろうし日本の棋士なんかは先生にできないのかな」とやや不満に感じていたりもした。
しかし。トークは面白く、囲碁にかける熱意も存分に感じさせてくれた(まぁプロなんだから当たり前と言えばそうだ)。ドイツ出身ということで、ヨーロッパ人棋士との交流も広く、ハッピーマンデー教室にもしばし外国人棋士がやってきたりもした。
指導碁をしてもらったとき。
「前田さん、この手はちょっと気の利いた手でしたね。この後の打ち方によっては私が危なくなりましたよ」。「先生、それは結局その後の僕の打ち方が悪かったということでしょう?」。「でもその着想が大事なんですよ。シノギなどはこれから勉強するんですから」。
打ち終えて。「これからはどんな勉強をすれば良いですか?」。「前田さんはもう碁会所で打てる実力を持っているんですから、たくさん打ってみると良いですよね」。
正直な話、その時点の僕には、碁会所で打つような力はなかった。でも今なら? ピーチ先生、僕強くなったでしょう? 「死活がわからないワリにうまく打ってますよ」なんて言われるかな?
欧州出身の先生のおかげで、欧州からゲストがやってくることもあった。僕が英語をしゃべることを知ってか知らずか、ピーチ先生が僕を相手に指名する。結果は五子置かせてもらった僕の惨敗。でも検討で僕が相手の方と楽しそうに話しているのを見ていたピーチ先生が嬉しそうで、僕はそれがとても嬉しかった。
確か大手合でピーチ先生が連勝していたとき。「先生、凄く調子が良いんじゃないですか?」。「でも今年はもう昇段できなくなってしまったんですよね」。いつかは日本棋院の棋譜ダウンロードコーナーで先生の棋譜を見てみたいと思ってた。
万波さんとの対局の前、「僕は万波さんが大好きなんですよ。自分も強い癖に、いつも解説の方を立てる話し方をするでしょう? でも僕たちの師匠であるピーチ先生を応援してますから頑張ってくださいね」。「はは、万波さんが人気者だと伝えておきますよ」。この試合、ピーチ先生は負けてしまった。
チェコ出身の院生の子もたまに教室に遊びに来てくれた。「ピーチ先生、彼の調子はどうですか?」。「大変な時期ですけど、彼も頑張ってますよ」。ピーチ先生もとても若いのに、欧州棋士の期待と、責任感を感じさせる顔つきになったのが印象的だった。
一度だけ一緒に飲みに行った。ハッピー・マンデーの生徒たちと一緒に。「先生、日本のビールなんかで大丈夫なんですか?」。「僕はね、大丈夫なんだよ」。お酒、好きだったのかな。弟子は、実はお酒好きなんです。去年の最後の授業の時なんかも、「今日は先生と飲みにいけるのかな」なんて期待してたんです。
そういえばその最終日。生徒たちを2チームにわけて団体戦。僕は大将に選ばれた。僕は惨敗でチームも惨敗。良いところを見せたかったんだけどな。僕の方がピーチ先生より年上だし、ピーチ先生と「大人の(?)」話みたいなこともした。そんなふうにしゃべってる奴がなかなか成長しなくて、先生は残念に思ってしまっていたかな。
でも先生。先生の講義は僕の中にしっかり根付いていて、年末から年始にかけて急速に成長したんです。年を取った分だけ、すぐに成長ってわけにはいかないけど、でも先生の講義やお話は、ちゃんと栄養になってたんですよ。僕の弟子は僕より3ヶ月遅れ。でも僕の中に蓄積された栄養をしっかり渡していて、今ではハッピー・マンデーコースのホープなんですから。まあ、僕より強くならないように、手加減(?)しながら教えているんですけど。
僕もちょっとだけ、ピーチ先生に似たような仕事、できてますか?
皆さん。また来年も続けてハッピー・マンデーにいらっしゃる方は来年もよろしく。ただ僕は1月は南米に囲碁の普及活動に行くんです。ですから皆さんにおめでとうを言えるのは2月ですね。教室は1月からやっていますから、また強くなった皆さんにお会いしましょう。
ピーチ先生。僕はプロ棋士になれるセンスもないし、年齢制限も越えちゃってます。だけど、ハッピー・マンデーに来る初心者の人たちに、これまでの教えを話したりするのが好きだったんです。結構みんな「なるほど」って言ってくれるんですよ。死活の局面でもないのに相手の二眼を消しに行って悦に入っていた僕も、詰め碁集みたいな本を読んで理解できるくらいに成長しました。
先生に見せようと思って、1万円も払って1級の免状申請もしたんですよ。教えた人間がちゃんと成長してるって知ってもらいたくて。
事件を知った他の生徒からメールが来たんです。「前田さん、囲碁は一生続けましょうね」って。実はちょっと囲碁をやめちゃおうかな、って思ってたんです。囲碁を打つたびに思い出しちゃうし。36歳の僕が泣いてたりしたら気持ち悪いじゃないですか。でも「一生続けましょう」っていうメールで考えました。囲碁をやめちゃうことって、多分先生が伝えてくれたことに完璧に反することだなって。
僕は「ヒカル」みたいなセンスを持ってないから、碁盤を見て「ここにピーチ先生がいた」なんてことを感じたりはできないと思うんです。でも、誰かに。「ね、囲碁ってやっぱり面白いでしょう?」と、そんなことを言うときに、ちょっとだけ先生に近づいたような気がすると思うんですよね。
先生は、強盗に撃たれて、悔しくてたまらなかったでしょうね。そんな先生に「安らかに」なんてことは言えないです。残念で残念で、悔しくて悔しくて、そしてきっと痛かったりもしたんでしょうね。だから「先生の分まで」なんてことは絶対に言えないです。
でも僕たちは。先生の仕事の一部だけでも理解してたいと思ってます。見守ってください、なんてことも言えません。でも僕たちは一生碁を続けて、一生先生のことを記憶しています。そして機会がある毎に人に碁を教えますよ。
今度先生と話すときには、先生のおかげで人に碁を教えたりできるようになったんです。ま、すぐにみんな僕を超えていくんですけどね、なんて話をします。たくさんの人が、直接ピーチ先生に教わった僕を羨むだろうけれど、凄く自慢しておきますよ。だから先生が知ってるよりたくさんの人がピーチ先生と話をしにいくと思います。
僕も順番待ちで先生と話をしに行きますからね。大行列でも大丈夫。今度話ができるときには、お互いに十分な時間がありますから。
楽しみにしていますからね。
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